今回の動画は
スティーヴィー・ワンダーの「マイ・シェリー・アモール」です。
スティーヴィー・ワンダー、今さら紹介の必要のない
ビッグスター、アーティストですね。
1950年5月、米ミシガン州生まれ。
早産で出生したため
保育器に入れられたものの
保育器内の環境が最悪で未熟児網膜症となり
そのせいで失明するという
ハンディキャップを背負って
生まれてきました。
しかし、その13年後には
「フィンガーティップス」でビルボードHOT100のNo,1を獲得。
13才でのNo.1というのは史上最年少で
いまだにこの記録は破られていません。
その後も順調にビルボードHOT100のTOP10に入る曲を連発し
モータウンの稼ぎ頭となっていましたが
どういうわけか
この時期(1960年代後半)のスティーヴィーを語るとき
声変わり等もあって苦境の時期と言われることが
多いように思います。
しかし、1965年「アップタイト」は全米3位、
1966年「風に吹かれて」は全米9位、
1967年「愛するあの娘に」は全米2位、
1968年「フォー・ワンス・イン・マイ・ライフ」は全米2位と
ヒット曲が皆無というのとは全然違います。
(以上の曲は、最後の「フォー・ワンス・・・」を除き
全てR&Bチャートでは1位を獲得)
そして、1969年には
この「マイ・シェリー・アモール」をリリースするのですが
これは全米4位を獲得しました。
当初、モータウン社内では
「マイ・シェリー・アモール」への評価が低く
「アイ・ドント・ノウ・ホワイ」という曲のB面として
発売されました。
ところが
会社のイチオシのA面は
ビルボードHOT100で39位にとどまったのに対し
B面の「マイ・シェリー・アモール」は
各ラジオ局で好評につき何度もオンエアされることに。
それならということで
今度はA・B面逆にして売り出したところ
全米4位にまで上昇したという
エピソードがあります。
日本では
故渋谷陽一氏が(今年夏にお亡くなりになりました。残念!)
この曲を高評価されていて
「1969年にこのクオリティなのに、今の音楽はこのレベルに
追いついてすらいないのではないか?」
と(例によって)辛口批評されていたのを
思い出します。
この曲をギター独奏で弾いてみると
いかに上手くmaj7コードを使っているかが
分かります。
とことんmaj7コードで押しまくり
いわゆるサビのところで
急にA7ーDm7ーGーCといった
シンプルで強いコードで締めるあたり
もうシビレますね。
この頃のスティーヴィーが
歌手を辞めて作曲に専念したいと言っていたのが
分かるような気がします。
こんな曲がスラスラ書けたら
楽しいだろうな。